1話 奇跡を起こすはずだった女の子

 わたしはケト王国のシェイローネっていう村で産まれた。家族はパパ、ママ、四歳年上のお姉ちゃん、わたしの四人。卵を産ませるために何匹か白鶏を飼ってる。家業は絵具を作るのに使う顔料屋。原料となる植物、鉱石、虫を山で採取して家の工房で加工し、キレイな顔料粉末を作るのが仕事。我が家は結構な老舗で、大きな街の看板屋をお得意先に抱えている。

 わたしは産まれた時から「いつか奇跡を起こす子」としてシェイローネ中から期待されてきた。その理由はわたしの目の色。わたしは異能者の証である「銀色の目」を持って生まれた。

 わたしは無学な田舎者だけど「銀眼の異能者」と呼ばれる人たちがスゴイことをしでかした話ならいくつか知ってる。

 南の山村ラルゴで十三人の住民を食い殺した翼虎よっこを素手で殺した「怪力の異能」を持つ十一歳の男の子の話。

 西の街グレイの流行り病を歌で鎮めた「癒しの異能」を持つ歌手の話。

 ついこの前も、「操樹の異能」を持つ第五公女様が王の民を何百人も殺した魔物とタイマンを張って殺したらしい。……操樹って何?

 わたしもいずれ、何か半端じゃないことをやらかして、シェイローネをあっと言わせるはずだった。はずだったんだけど――


 シェイローネの広場から少し西にある金物屋。この家の一人息子のアロンが店番をしながら、客の女の子をからかって遊んでいる。
「よお、のっぽ。こんな朝早くにお使いか?」
「……タライに空いた穴を塞いでほしいんだけど」
「家の仕事はどうしたんだよ?」
「知ってるくせに」
「けっ。明日の朝までに済ませてやる。俺は家の仕事をちゃんとするからな。お前と違ってよ」
 男の子が「お前と違って」の部分をわざとらしく強調すると、女の子が嫌そうな顔をして俯く。
「何か言い返せよ、役立たず!」
 男の子がドンと足を踏み鳴らすと女の子がビクッと身体を震わせる。女の子は男の子よりずっと背が高いのに、何も言い返せずにいる。
「お前の母ちゃん、風邪をひいてるのに今日も働いてるんだろ? お前が十二歳にもなって何もできない役立たずだから、休めないんだよな? 病気の親を働かせる親不孝者なんて、この村シェイローネでお前だけだぜ!」
「余計なお世話!」
 女の子は小銭を投げつけると半泣きで逃げ出した。

 認めたくないんだけど、残念ながらこの情けない女の子が今のわたし。フィリーナ・ヒルエ・ネオメイ。アロンが言った通り、十二歳にもなって家業では戦力外のポンコツ。銀眼に相応しい奇跡を起こす気配は、まだない。
(仕方ないじゃん! どんなに頑張ってもわたしにはキレイな色を作れないの! でも、好きでそうしてるわけじゃないって、どうしてわからないの!?)
 実際には言い返さず心の中でそう思うだけ。正にいくじなし。

 アロンみたいに面と向かって馬鹿にしてくる人は珍しいけど、わたしはシェイローネのだいたいの人から軽んじられてる。いつまでも異能に覚醒せず期待を裏切ったばかりか、家の仕事もロクにできない能無しだから。
(悔しいけど……何も言い返せない)
 アロンはわたしより一歳年下だけど、わたしよりずっと読み書き計算ができるし、身体が弱い両親の分まで働いて家とシェイローネの役に立ってるしっかり者でもある。クソみたいな性格以外は本当に尊敬してる。わたしはダメ人間の自覚がある分、アロンみたいなやつに強く出られると自分が全部間違ってる気がして、何も言い返せなくなっちゃう。

 泣いたのがバレないよう、家に帰る前に、よく家事を手伝ってあげてる紅果こうか農家に寄って井戸で顔を洗った。でも結局、家族には泣いてたのが三秒でバレて、金物屋での情けない敗北劇を披露することになった。
「俺の娘に何てことを言うんだ! フィリーナの努力も知らないくせに!」
「フィリーナ、あまり真に受けるんじゃないよ。あの子はちょっと賢いからって威張りくさってるだけなんだから」
「アロンのクソガキ! 殺して鳥に食わせてやる!」
 家族はわたしのために心の底からキレてくれるけど、甘いだけの人たちじゃない。
「なあ、フィリーナ。怖かったのかもしれないけど、何も言い返せずに退散ってのは良くないよ」
「小さな恐怖に立ち向かえないと、いずれもっと恐ろしい目に遭うよ?」
 慰められ終えた後、チクリと刺される。お姉ちゃんも「うんうん」って頷いてて、わたしは曖昧に頷くことしかできない。

 パパもママも意地悪を言ってるわけじゃないことはわかる。もし金物屋に行ったのがお姉ちゃんならアロンはあんな態度はとらなかったと思う。それはお姉ちゃんがわたしと違って仕事ができるからってのもあるけど、それ以上にお姉ちゃんは自分を守るために闘える人だから。そういう人は周りから軽んじられないから結果的に戦わずに済む。それくらいの理屈はわたしにもわかるんだけど――

(無理だよ……わたしには……)

 わたしの胸には家族の優しさでは取り除けないトゲが刺さったままだった。