3話 これが私が起こす奇跡!

 十六歳になった。相変わらず売り物にならない汚い色の顔料しか調合できないわたしを置いてけぼりにして、周りはどんどん大人になっていく。

 お姉ちゃんは成人したその日に一人前の証をもらい、お姉ちゃんのために工房を拡張することになった。良い結婚相手も見つかって、正に人生絶好調って感じ。

 ガゾはご両親が猟の途中に山鰐ヤマワニに殺されて、十六歳で急に独立することになった。ガゾはご両親の頭蓋骨だけは取り返して、てきぱきと火葬を済ませ、平然と猟師の仕事を続けている。

(生活のためだろうけど……ご両親が亡くなったばかりなのに大丈夫なの?)
 さすがに心配で声をかけたら思いっきり「余計なお世話だ」って態度をとられた。
「テナ人はケーテ人と違って十六歳で成人なんだよ」
「だから?」
「俺はもう大人なんだ。親がいなくても生きられなきゃいけないんだ。生きてりゃしんどいことなんていくらでもあるのに、その度に生きる意志を失ってたらダメだろ?」

 ガゾはさも当然のように放った一言だけど、わたしは結構衝撃を受けた。
(親がいなくても生きていけるのが大人……)
 親がいなくなった先の人生なんて想像したことが無かった。家族はいつでも、いつまでも一緒だと思い込んでた。不安と劣等感に溺れるばかりで、お姉ちゃんが一人前になっても、ガゾのご両親が亡くなっても、それを自分の将来を考えるきっかけにしていなかった。
(わたし、人生を舐めてるんだ。苦しんでるだけで何も考えてない。生きてるんじゃなくて周りに活かしてもらってるだけ……)
 わたしが変えないといけないもの。その核心を掴んだ気がした。

 そしてこの気付きが影響したのかどうかは知らないけど、ついに「その時」が来た。


 夢を見ている。不自然なくらいはっきり自覚できる。

【少女よ】
 わたしを呼ぶ声がする。色々な人の声が重なったかのような声。初めて聞くのに、今まで何度もこの声を聞いたことがある気もする。
【我々の声が届くようになったらしい】
 手の平サイズの薄桃色の綿雲のようなものがいくつも周りを漂っていて、声はそこから響いてくる。何とも言えない、甘い香りがする。
【我々の声が届く者は銀眼でも滅多にいない】
 銀眼。その言葉を聞いて、わたしは確信した。
(異能だ! わたしの異能が覚醒したんだ!)
 喜びのあまり小躍りしそうになった。これがわたしが起こす奇跡! 夢の世界で不思議な綿雲(?)の声を聴く力!
(……ん? それって何の役に立つの?)

 考える間もなく、綿雲たちはいっせいにしゃべり始めた。
【我々はこの世に遍在へんざいするかそけき存在】
「は? へんざい? かそけき?」
【人間は我々を『夢魔』とよく呼ぶ】
「えっ!? あなたたち、夢魔なの?」
 夢魔なら聞いたことある。たしか、淫魔の別名だ。淫魔は美女か美男子に化けて人に憑りつき、果てしなくまぐわいを繰り返し、性の快楽で堕落させる人間の敵だ。
「待って! わたし、処女なの! 初めての相手が夢魔はさすがに勘弁―」
【君に宝のありかを教える】
「え?」
【ナハルジオの二つの川が交わる場所】
「ナハルジオ? 何それ? 場所の名前?」
【ヌール樹が並ぶ獣道の先に炎が閉じ込められている】
「ちょっと! 少しはわたしの質問に――」
【探せ】
【見つけよ】
【血に飢えた獣に気をつけよ】
「はあ? さっきから何を言って――」


 目が覚める。朝日が部屋に差し込み鶏が鳴いている。

(えっ……これで終わり?)
 意味が全くわからない。わたしは忘れる前に両親に夢の話をした。
「それでね、夢魔が言うにはナハルジオとかいうところに――」
 話してて気づいたけど、夢のことなんて普段はすぐ忘れるのに、夢魔の話は不自然なほどしっかりと頭に残っている。
 両親はわたしを疑わなかったけど、表情は複雑だった。
「夢魔からのお告げねぇ……ママには意味がわからない」
「パパにこんなこと聞かれるのは嫌だろうけど、その、夢魔はフィリーナに––」
「あーっ、言わなくていい! 夢魔は雲みたいなふわふわした姿なの。パパが心配するようなことは何も起きてないから」

 夢魔とヨロシクしてるなんて噂が立ったら人生お終いだから、夢のことは家族の秘密になったけど、わたしはガゾにだけは打ち明けた。ガゾはわたしの不利益になることはしないし、ポンコツのわたしが異能に目覚めたことを喜んでくれるはずだから。それに、頭が良いからお告げの意味がわかるかもしれない。

「ガゾは夢魔のお告げの意味がわかる?」
「ナハルジオは北西の山のことだな」
 ガゾは紙の本を何冊か持ってて、その内の一冊、地図がたくさん載ってる大きな本をめくりながら答えた。

 シェイローネは北西、東、南西の方角に一つずつ山があって、村人からは単純に「北西の山」「南の山」「南西の山」って呼ばれている。わたしは原料の採取でよく南西の山に行くけど、北西と東の山は人食いの獣が出るから村の猟師連中しか足を踏み入れない。

「川の交差点ってのは俺の親が殺された場所だ」
「えっ、そうなの?」
「ヌール樹が並ぶ獣道……心当たりがあるな」
「待って! ガゾ、アンタもしかして行くつもり?」
「当然だろ?」
「駄目に決まってるでしょ? ご両親が亡くなった危険な場所だし、そもそも何かあると決まったわけじゃ――」
「危険? だからどうした?」
 ガゾが不敵な笑みを浮かべる。ちょっとドキッとした。
「フィリーナの将来のためにも夢魔のお告げが役に立つかどうかは重要だろ?」

 ガゾは翌朝には北西の山ナハルジオに出かけてしまった。
(ガゾ格好良かったなぁ~……じゃなくて、あいつ本当に大丈夫なの?)
 ガゾはわたしよりずっとタフで山に詳しい。それでも心配で気が気じゃなかった。
(人の味を覚えた山鰐がいるんでしょ? 夢魔も血に飢えた獣に気をつけろって言ってたし。あいつに何かあったらわたしのせい――)
 緊張で吐きそうだった。毎日家の祠でガゾの無事を祈った。家で祀ってるのは工房の神様だから、ガゾの冒険の無事なんか祈られても困るだろうけど、祈らずにはいられなかった。

 その甲斐があったのかは知らないけど、ガゾは三日で無事に帰ってきた。
「おめでとう、フィリーナ! 山鰐に追いまわされて死ぬかと思ったけど、収穫はデカいぞ!」
 感激で泣きそうだったけど、ガゾの渾身のドヤ顔にイラっと来て涙はすぐに引っこんだ。

 ガゾの収穫は小さな石。上品で鮮やかな橙色で、わたしには言葉にできない複雑な光沢を放っている。
封焔玉ほうえんぎょくだ」
「何それ?」
「天然の宝玉だよ。都会でも滅多にお目にかかれないレアものさ」
「すごく綺麗……」
「ブレスレットにちょうどよさそうだ」

 ガゾは一晩かけてお洒落な封焔玉のブレスレットを完成させた。

「俺のセンスはどうだ?」
「最高。でも、あんたには短すぎない?」
「お前の手首に合わせたんだよ」
「え? わたしが着けるの?」
 たしかに、ブレスレットはわたしの左手首にぴったりだった。
「嬉しい?」
「う、うん。ありがとう。こんな素敵な贈り物、人生で初めて」
 ガゾがわたしの左手を手にとりブレスレットを太陽にかざす。封焔玉の内部は炎が揺らめくような、夕焼けを照らす川の流れのような、不思議なきらめきを放っている。
(これをガゾがわたしのために……?)
 悔しいけど、かなりロマンチックな気分になった。

「で? そろそろ俺の彼女になる決心はついたか?」
「……はぁ? わたしを口説くためにこれを作ったわけ?」
 返して。わたしのロマンチック、今すぐ返して。
「そうだよ。でも、こういうのはこれで最後にするつもりだ」
「どういうこと?」
「あー……俺の母国にこういう風習はないんだ。だから間違えてたら悪いんだけどさ――」
 ガゾがはにかむ。緊張してるんだ。ガゾが緊張するところなんて初めて見た。
「ケーテ人は結婚したい女に男が宝石を贈る儀式をするんだろ? 今のがそれだよ」
「えっ――」
「伝わったか。そうだよ、俺と結婚してくれってことだよ!」