サクと一緒に家に戻る。
「飲み食いしながら聞いて」
サクが水と木の実をすすめてくる。もちろん、手を付けたりはしない。
「あの夜、妙な光の柱を見たでしょ? あれはヒザマっていう妖の羽根が発する光。骸禍天はヒザマが大嫌いだから潰しにきたわけ」
「人間が誘ったってのは?」
「ヒザマの羽根は自然に光を発したりしない。人間の企みがあったに決まってる」
「誰が、何のために?」
「やったのはビシテマってやつ」
「ビシテマ? 県督のビシテマか?」
ビシテマ。名前は聞いたことがある。貧しい生まれで、しかも子供のころに親が夢魔の祠を壊したせいで毎晩悪夢を見る呪を受けた苦労人だが、そこから不屈の努力で県行政のトップである県督に異例の速さで上りつめた才女だ。ラガンのような田舎でも名が知れる程度には、チヤレ県では有名な人物だ。
「県督がなんで自分の県に骸禍天を呼ぶんだよ。いや、そもそも何でお前がそんなこと知ってるんだ?」
「私がレゾの前に憑りついた男が県督の部下だったの。順を追って話すとね――」
半月ほど前、サクはニオラガンという大きな集落で獲物を物色し、ムボという男に憑りついた。そしてすぐに、獲物を選び間違えたことを知った。
「俺は県督の秘密を知って追われる身だ。どうせすぐ消される。美女の妖なんざ怖くないぜ」
ムボはそう言い、事実、サクが憑りついた三日後に路地裏で変死体となって発見された。第一発見者はニオラガンに出張で来ていた県都の役人、つまりビシテマの手下だった。無能で有名なニオラガンの守衆(※テナチ王国の公安職)がなぜかその時ばかりは迅速に駆け付け、さっさと死体を回収してしまった。
見事な口封じの段取りだが、実は生きた口がまだ残っている。サクだ。ムボは生前、秘密をサクに打ち明けていた。
「俺は県都で倉庫を管理する役人だった。ある日、俺の倉庫に最高級の遮光布で覆われたブツが急に運ばれてきた。搬入予定に無い荷物で、符に刻まれた調達ルートは明らかにでたらめ。おまけに県督が『中は見るな。熱や光に晒さずに隠しておけ』ってわざわざ現場に指示しに来るし、キナ臭くてたまらなかったよ。こっそり中身を拝見したが、俺は妖マニアでね、ヒザマの羽根だって一目でわかった。ヒザマは大昔に骸禍天と争った妖で、骸禍天はヒザマの羽根の光を見るとブチ切れて殺しに来るから、ヒザマの羽根は王都圏の研究施設以外では取り扱い厳禁だ。そんなブツをこっそり取り寄せるなんて、どんな馬鹿でも悪だくみだと勘付くものだろ?」
ムボは告発しようとしたが、その前に身に覚えのない汚職の濡れ衣を着せられて解雇された。県督が口封じを開始したことを察したムボは逃げたが、結局はニオラガンで追手に仕留められた、というオチである。
「――ということで、やったのはビシテマで確定ってわけ」
「たしかに、ムボとかいうやつの言うことが事実なら辻褄は合ってるけど」
「何で県督がそんなことを、でしょ? それはムボも知らなかった」
「……」
こんな荒唐無稽な話を「そうなんだね」と信じ込めるほど、俺はおめでたいやつじゃない。だけど、アレが誰かの悪意が引き起こした事件の可能性があるなら、無視するわけにはいかない話だ。絶対に真相を突き止め、首謀者に落とし前をつけさせなくてはならない。幸い、ニオラガンには情報通の知り合いがいる。サクの話の裏を取ることはできるはずだ。今の俺の境遇を考えると、やる気が向くものがあるだけでもありがたいと、変に落ち着いた頭で考える。
「どう? レゾにとっても有益な話だったでしょ?」
「ん? ああ。俺が何をするべきかはっきりしたよ――」
ドヤ顔のサクに違和感を覚える。
「……俺にこの話をしようと思ったのはなんでだ?」
「ん? ラガンが滅びた真相が知れて良かったでしょ?」
俺はラガンから来たなんて一言も話してないはずだ。指摘しようとするが、部屋に漂う甘い香りに心を奪われる。
(この匂いは本当になんなんだ……?)
目覚めた時にも気になったあの香りだ。嗅ぐと気分がよくなり、精力がぐんぐんと湧く心地がするが、頭がぼうっとする。
「俺、ラガンから来たなんて話してないよな?」
「うん。でも知ってた」
「そういえばシラのことも――」
「知ってた」
サクが四つん這いでこちらに這い寄ってくる。
「私は憑りついた相手の夢の内容を誘導したり、覗いたりできるの。レゾには寝てる間、過去のことを夢で教えてもらったんだ。十四歳で独りぼっちになったけど、ネデルっていうイケメンの幼馴染に励まされて自暴自棄から立ち直ったこと。十六歳の時に拉致されかけてる娼婦を助けようとして暴漢を三人も殺しちゃったこと。シラとは十九歳の時に出会ったこと。『セックスは結婚してから』ってシラとの約束を守ってるから童貞なこと――」
サクが喋りながらにじり寄ってくる。サクの顔が近づくに連れ、香りが濃くなっていく。何かがおかしいのは明らかだが、サクへの関心が、俺の生命線である危機察知能力を致命的に鈍らせている。サクが出した水も、気付かない内に飲み干している。サクから意識を逸らせない。もう、声と匂いだけでは物足りなくなりつつある。サクに触れたい。サクが欲しい。サクの体にこの欲望の限りをぶちまけたいと、強く欲している。
焦燥感でいっぱいの俺とは裏腹の余裕に満ちた声でサクが囁く。
「私の正体、知りたいんだよね? 教えてあげる。私ね、淫魔なの」